のび太くんと私
ドラえもんの登場人物ですが、
今の環境になぜかしっくりくるので、
『ドラえもん』の世界に入って、考えてみました。
登場人物①ジャイアン・・・威嚇型の先輩A
登場人物②スネ夫・・・批判型の先輩B
登場人物③出木杉君・・・当社のSE的存在。頼りになる年下の先輩Cさん
登場人物④しずかちゃん・・・キレイでやさしい年上の同僚Dさん
登場人物⑤のび太くん・・・なめられやすい私will
人数もぴったりなんです。
*現実では全て女性です。
ここで、気づいてしまったんですが、
『のび太=私』
ここになんの疑問もなく、私はここだぁと思ってしまったこと。
これが、原因では???
先輩Aと先輩Bからの嫌がらせで悩んでいた時、
色々ネットで調べていて、
びっくりした事実があります。
「何もしていないのに、なんでターゲットにされるんでしょうか。」
「理由がわかりません。」
という悩みの投稿者に対して、
「理由は、何もしていないからです。」
(私)えっ?????
(私)どういうこと????
「何もしていないから狙い撃ちです。」
「いじめをしてくる人は、常に”誰か”を探しています。」
「いじめをする人は、自分が何かで失敗した時、誰かのせいにする必要があるので、その“誰か”は、”こっちが理不尽なことをいっても謝ってくれる人”、”やり返してこない人”、”強い人が味方にいない人”がベストなんです。」
「だから、何もしていない人で、何もしてこない人は、”もっとも都合よく責任を押し付けられる人”だと思っています。今、あなたを悪いように言っているのはテストしているんだと思って下さい。」
(私)・・・テストに受かってしまった、、、。
のび太くんがドラえもんになれたら??
そういえば、ターゲットにならない人って、
筋は通して謝っているけど、
「それ、おかしいですよね?」という「圧」をかけているような気がします。
テストした側も、目の前では、いつも通り偉そうにしていますが、
「やばい、ばれたか。」「次はやめとこ。」っと何か察知している気もします。
私と何が違うのか。。。
「目」「姿勢」「声のトーン」「間」「冷静さ」
言葉では謝っていますが、謝り方が違うような。
私は、疑うけど、
「私のせいってことでいっか」、と気づかないフリをしたり、
「それでいいんですか!!」っと、ムカついてしまって「冷静さ」で対抗できていなかったり。
これって、「嫌がらせには最高のターゲットとして合格!」ってことになるような。。。
なんで、私はのび太くんで納得してしまうんだろう。
「いじめる側の人間じゃないから、自分は悪くない。」
「自分が悪くないから、自分が我慢すればいい。」
なんか、そんな思いで今まで乗り切ってきてしまった気がします。
ここで、
「なんで、”ドラえもんになろう”と思わなかったんだろう。」
と思いつきました。
「人を救う」という考え方
私は今まで、
「自分は悪くない」
という思いで乗り切ってきたので、
”私が悪くないことをわかってもらいたい”とか、
”私が悪くないなら、我慢していれば、誰かにわかってもらえるはず”
と、常に「のび太」=「主人公」になっていました。
おこがましいとはこのことか。
なんで、いつも助けてくれている「ドラえもん」に目を向けなかったのか。
「助ける側には私はなれない」と、
助けてもらう側だとしっくりきて、助ける側ではないと、決めつけていました。
「私でも、誰かを救うことができたら。」
今は、この気持ちを大切にしています。
ドラえもんは、
「こんなことされた~」とのび太が言ったら、
「じゃあ、これだぁー!」とすぐに解決アイテムを差し出してくれます。
私も、
わたしが経験したことが、
”誰かの解決アイテムの一つとして”役に立つ日がくればいいなと思っています。
登場人物⑥ドラえもん・・・お助けアイテムを差し出してくれるwillさん
っと、誰かに言われたいですが、
今は、自分が自分に元気づけているので、
「自分にとってはwillはドラえもんさんだ!」と、
自分で言っています(笑)。
◀前へ 行動を導く考え方
次へ▶ 加害者意識のからくり
コメント